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文法-比較・選択



  1. 「於」を用いた比較
    1.名重太山 míng chóng Tàishān 名は太山[たいざん]よりも重し
     [訳]名誉は太山よりも重い
    2.苛政猛虎也 kēzhèng měng yú hǔ yě
     苛政は虎よりも猛きなり
     [訳]きびしい政治は虎よりもむごいものである。
    3.七十士之徒、賜爲饒益 Qīshíshì zhī tú、Cì zuì wéi ráoyì
     七十士の徒、賜[し]最も饒益たり
     [訳]孔子の弟子の中では、子貢がもっとも金持ちであった。
    4.天下柔弱水 tiānxià mò róuruò yú shuǐ
     天下(に)水より柔弱なるは莫[な]し
     [訳]天下に水よりもやわらかで力のないものはない。
    5.過而能改、善莫大焉 guò ér néng gǎi, shàn mò dà yān
     過ちて能[よ]く改むる、善[ぜん]焉[これ]より大なるは莫[な]し  [訳]過失をして改めることができることは、よいことのなかで最大のものである

     語形変化のはげしい言語では、形容詞が比較の意味をもつときに、比較級だの最上級だのという語形変化をするものですが、語形変化のない漢文ではやはり変化をしません。形容詞はそのままの形で比較の意味も表すのです(上例1)。
     しかしさすがに、他に何も比較のサインがないのに比較になるというのはかなり例外的です。比較の意味を表すにはそれなりの文脈、つまり「~よりも」という比較の対象があるはずです。漢文ではそれを形容詞のあとにおき、その直前に「於 yú」(例によって「於」と同様の「于 yú」「乎 hú」も含みます)をおきます。「於」はちょうど英語のthanのはたらきをしているといえます。語順も同じです(上例2)。
     「於」はいろいろな場面で出てくる前置詞ですが、比較の意味になるには当然その前の述語は形容詞になるはずですので、判別はそう難しくはありません。
     訓読では、以下の比較表現のすべてに共通することとして、主語のあとに「は」を送ります。「は」の意味の一つに「対比」があるので、比較表現の場合には「は」をつけるというわけです。
     そして、「於」は置字扱いするとして、「於」の直後の比較対象のあとには「よりも」を送ります。「より」だけにする場合がありますが、現在の高校教科書ではみな「よりも」を送っているようです。

     最上級を表すのには、副詞の「最」「至」などを使います(上例3)。英語と異なり「~のなかで」という語句は、主題語(→主語と主題語)として主語の前に置きます。一般に主題語のあとには訓読では「は」を送りますが、この場合は何も送らないのが普通です。
     このほか「AほどBなものはない」という言い方で最上であることを示す表現があります。上例4のように「莫B於A」という語順になります。最初の「莫」は他の「無」などでもかまわないのかもしれませんが「莫」が一般的です。なぜならば「莫」はもともと「無~者」であり「者」という意味が含まれた、英語のnobodyに相当する代名詞的意味をもった字なので、この構文に一番適しているからです(→否定代名詞)。訓読では「AよりB(もの)はなし」と読みます。「於」のあとの送り仮名を「より」ではなく「よりも」に統一したがっている現代の高校教科書も、この構文のときだけは「よりも」ではなく「より」と読んでいます。
     この形でよく出てくるのは末尾が「焉」になったものです(上例5)。「焉」は「於此」の縮約形です(→文末表現)から、必ずしもこの比較構文だけでなく一般に「於此」となりうるところには出現しうるのですが、この比較の形で出てくることが多いです。



  2. 「若(如)」を用いた比較
    1.百聞不如一見 bǎi wén bù rú yí jiàn 百聞は一見に如[し]かず
     [訳]百回聞くよりも一度見るほうがよい
    2.知臣莫如君 zhī chén mò rú jūn 臣を知るは君に如[し]くは莫[な]し
     [訳]私のことは閣下が一番よく知っています
    3.禮奢而備、不若儉而不備之愈 lǐ shē ér bèi, bú ruò jiǎn ér bú bèi zhī yù
     禮[れい]奢[おご]りて備はれるは、儉にして備はらざるの愈[まさ]れるに若かず
     礼は贅沢で完備していることより、つつましやかで不備だというほうがまさっている
    4.卜筮之、莫如劉季最吉 bǔshì zhī, mò rú Liú Jì zuì jí
     之を卜筮するに、劉季の最も吉なるに如くは莫し
     [訳]これを占ったところ、劉季さんが最吉でした。

     「若 ruò」(同等の「如 rú」を含みます)は「~のようだ」という比喩・例示などを表す介詞であり、これ自体は比較表現とは関係ありません。しかしこれが否定文で用いられたときは比較表現になるのです。
     たとえば「不若」は「~のようでない」ではなく「~に及ばない」つまり「~のほうがよい」という意味になります。また「莫若」(「莫」以外に「無」などでもいいのですが「莫」が一般的です)は「~のようなものはない」ではなく「~に及ぶものはない」という意味になります。
     このように「若」は否定文では意味を変えるので、訓読でも読みわけをします。すなわち、単独では「ごとし」と読みますが、否定文では「しく」(=及ぶ)という動詞を用います。「不若」は「~にしかず」、「莫若」は「~にしくはなし」と読みます。「」
    「不若」のほうは、そもそも日本語の事情で「ごとからず」と読めません。日本語の助動詞「ごとし」には、「ごとから/ごとかり/ごとかる」という語形がなく、この後に助動詞を接続させることができないからです。本来の日本語では「ごとし」は文末に用いられ、他の助動詞、たとえば「ず」と併用するときは「ごとし+ず」ではなく「ず+ごとし」の順序にして「~ぬごとし」というわけです。
    ただし漢文訓読で「不若」を「しかず」と読むのは、上述のように否定文では意味が変わってくるからです。「ごとからず」と読めないからではありません。「莫若」のほうは「ごときはなし」と読もうと思えば読めるのですから。
     「不若A」「莫若A」は単に「Aのほうがよい」「Aが一番よい」という意味になりますが、「よい」でなく他の述語を用いて「AのほうがBだ」「Aが一番Bだ」というためには、「不若A(之)B」「莫若A(之)B」のように直後に述語を補います。AとBの関係は主語と述語の関係になるので、訓読では「之」があろうとなかろうと、「AのBにしかず」「AのBにしくはなし」と読みます(上例3-4)。



  3. 「孰」を用いた比較
    1.女與囘也愈 rǔ yú Huí yě shú yù
     女[なんぢ]と囘[くわい]と孰[いづ]れか愈[まさ]れる
     [訳]あなたと顏囘とではどちらがまさっておりますか
    2.蚤救孰與晩救 zǎo jiù shú yǔ wǎn jiù
     蚤[はや]く救ふは晩[おそ]く救ふに孰與[いづ]れぞ
     [訳]早く救助するのと遅く救助するのとではどちらがよいか
    3.關中之食孰若此 Guānzhōng zhī shí shú ruò cǐ
     關中の食は此に孰若[いづ]れぞ
     [訳]關中(地域名)の食事はこれとくらべるとどうですか
    4.早救之孰與晩救之便 zāo jiù zhī shú yǔ wǎn jiù zhī biàn
     早く之を救ふは晩く救ふの便なるに孰與れぞ
     [訳]早く救助するのは遅く救助するのとどちらが都合がよいか
    5.孰與君少長 shú yǔ jūn shàozhǎng
     君の少長に孰與れぞ
     [訳]彼はあなた(=君)とどちらが年上であるか

     「孰 shú」は「たれ・いづれ」と読む疑問詞です(→文法-疑問・反語)。訓読では、人物をたずねるときは「たれ」、その他は「いづれ」、ただし「どちら」という2つのものからの選択をする疑問のときには上例1のように人物であっても「いづれ」と読みます。
     さて文法-疑問・反語で述べたように、漢文では疑問語と述語との間に倒置が起こるのが普通なので、上例1は(主語のあとの「也」をとりあえず無視すると)
      女孰與囘愈
    とも書けるわけです。これを機械的に訓読処理すると「女は孰[いづ]れか囘と愈れる」となり、実際にそう読む流儀もありますが、「孰與」を熟語的に扱って「女は囘の愈れるに孰與[いづ]れぞ」と読むのが一般的です。
     このように「孰與A」は、「Aにいづれぞ」と訓読し、「Aとどちらがよいか」という意味を表します(上例2)。「孰若」も同様で、上例3はやはり「關中之食若此孰」が倒置されてできたものです。
     「孰與A」「孰若A」も、「不若A」「莫若A」と同様に、Aのあとに「(之)B」を補って、「どちらがBであるか」という言い方もできます(上例4-5)。
     なお、「孰與」「孰若」は、単純にどちらがよいかという疑問も表すのですが、かなり多くの場合、「これだったらむしろ後のもののほうがよいのではないか」と、後のほうがよいということを言外ににおわせる場面で用いられます。つまり上例2や4は、今すぐに助けずに様子を見たほうがよいのではないかということを言外ににおわせているわけです。



  4. 寧 níng
    1.王寧亡十城、將亡齊國 wáng níng wáng shí chéng, jiāng wáng Qíguó
     王寧ろ十城を亡[うしな]はんか、將[は]た齊國を亡はんか
     [訳]王様は十都市を失うほうがいいですか、それとも齊國を失うほうがいいですか
    2.寧爲鷄口、無爲牛後 níng wéi jīkǒu, wú wéi niúhòu
     寧ろ鷄口と爲[な]るとも、牛後と爲る無かれ
     [訳]たとえ小人物たちのリーダーであったとしてもそのほうがよく、決して大きいものに従属するようであってはなりません
    3.禮與其奢也、寧儉 lǐ yǔqí shē yě, níng jiǎn
     禮は其の奢らんよりは、寧ろ儉なれ
     [訳]禮はぜいたくになるくらいなら、質素なほうがよいのです
    4.人之情、寧朝人乎、寧朝於人乎
     rén zhī qíng, níng cháo rén hū, níng cháo yú rén hū
     人の情、寧ろ人を朝せしめんか、寧ろ人に朝せんか
     [訳]人の情としては、他人を王様にお目通りに来させたいですか、それとも王様が他人にお目通りしに行きたいですか
    5.予與其死於臣之手也、無寧死於二三子之手乎
     yú yǔqí sǐ yú chén zhī shǒu yě, wúníng sǐ yú èrsān zǐ zhī shǒu hū
     予[われ]其の臣の手に死せんよりは、無寧[むし]ろ二三子の手に死せんか
     [訳]私は臣下に世話されて死ぬより、二三の門人に世話されて死ぬほうがよい

     「寧 níng」を用いて「~するほうがよい」という比較・選択の意味を表す表現があります。「むしろ」と訓読する字ですが、日本語とは微妙に違いがあるので注意してください。日本語の「むしろ」は、直前の不正確なものや好ましくないものを、より正確な、より好ましいものに言い直す意味なので、「むしろ~」は必ず後に来ますが、漢文では先に来ることも珍しくありません。
     いずれにせよ「寧~」のほうが選ばれるべきよりよいものなのですが、それは積極的に選びたいものではありません。「どちらもよくないものなのだが、強いて選ぶとすればこっち」という消極的選択の意味になります。その昔、ラジオの深夜放送で「究極の選択」というのがはやりました。「格好いいけど超貧乏の男と、不細工だけど超金持ちの男と、つきあうならどっち」というふうに、よくないものを2つあげてどちらを選ぶかという類の遊びですが、それに似たところがあります。
     ですから上例1のように対話の中で疑問文として使われるか、そうでなければ2のように、前半に「寧~」を用いて後半は(絶対にダメなことなので)否定や禁止表現にするか、または3のように後半に「寧~」を用いて相手に対する命令表現や自己の意志を表現するような形で用いるのがほとんどです。前半の「寧~」は逆接仮定条件として訳すとスッキリすることもあります(上例2)。
     疑問文の場合には「寧~寧~」のように、どちらにも「寧~」をつける言い方があります。質問者が言外にどちらをよりよいものと思っているかはなんともいえません。上例4の場合は前半の「寧朝人乎」のようですが、後半によりよいものが来ることもあります。たとえば荘子の
    此龜者、寧其死爲留骨而貴乎、寧其生而曳尾於塗中乎
    cǐ guī zhě, níng qí sǐ wéi liú gǔ ér guì hū, níng qí shēng ér yì wěi yú túzhōng hū
    此の龜なる者、寧ろ其れ死して骨を留めて貴ばるるを爲さんか、寧ろ其れ生きて尾を塗中に曳かんか
    [訳]この亀は、死んで骨を残して尊ばれるほうがいいのだろうか、生きてどろの中でしっぽをひきずっているほうがいいのだろうか
    は後半をよりよいものとみなしています。
     「寧~」は5のように否定の反語で用いられることがあります。否定の反語、つまり否定の否定ですから結局「寧~」と書いてあるのと変わりません。そこで思い切って「無寧」で「むしろ」と訓読してしまう習慣があります(上例5)。すると一見「寧」=「無寧」という奇妙な事態が生じているように見えますが、要は反語を意訳訓読した結果ですので奇妙ではありません。忠実に「寧~無からんか」と読む流儀もあります。同種のものに「無乃~」もあり、直訳式訓読では「乃[すなは]ち~無からんか」となります。



  5. 「與其 yǔqí」
    1.與其生而無義、固不如烹 yǔqí shēng ér wú yì, gù bù rú pēng
     其の生きて義無からんよりは、固より烹らるるに如かず
     [訳]義を失って生きながらえるよりは、当然釜ゆでの刑に処されたほうがよい

     すでに前項の「寧」に二例出てきてしまいましたが(前項の3と5)、今までとりあげた比較構文のうち、比較される対象が文頭に出てくる「不若」「孰若」「寧」などで、その比較対象が単なる名詞ではなく「~すること」のような述語を含んだ語句である場合、その前に「與其」をつけることができます。訓読では「其の~よりは」と読み、~部分の述語の末尾を未然形にして助動詞「ん」を接続させます。「其」はどこかを指しているわけではなく、単なる連語になっていることに注意してください。